おっきくなったオサム
寮の2階の左奥まで進むと、オサムが、ん ? という顔をした。
「高井麻巳子と岩井由紀子」の顔がどうやらピンとこなかったようなので、
「うしろゆびさされ組」だよって、僕は教えた。
それを聞いて、オサムは、さらに、 ん ? という顔をした。
ま、そうだよね。さっき、「満里奈」って、僕、話したばかりだし。
トントン。
トントン。 反応がない。
僕は、「T先輩、まだ帰ってないのかなー。」と言って、
恐る恐る、T先輩の部屋のドアを開けようとした。
『だめだよ。勝手に開けたらまずいって。外で待とうよ。』とオサム。
そうだね。と僕も思ったので、ドアはあけずに、とりあえず、もう一度、
トントン。トントン。
って、僕はしつこくノックした。
すると、『おー。いいぞー。入っていいぞー。』と、部屋の中からT先輩の声がした。
なんだ、いるんだって思い、ドアをあけて入ると、部屋の左にある机に座り、ヘッドフォンを手にもったT先輩がいた。
『わりーわりー。これで音楽聞いてたから聞こえなかった。』
「いえ、こちらこそすみません。邪魔したみたいで。」
そこから、1時間くらいはすぎただろうか、食い入るようにオサムが部活と寮生活などの質問攻めを終始T先輩にしていた。
僕も聞きたいことが沢山あったが、うちのエースであるオサムの部活に関する競技愛と、進学のことに関する情報収集力がすごすぎて、オサムの勢いに僕は完全に負けてしまった。
ただ、競技に関して聞きたいことはおおよそオサムが聞いてしまったので、僕が聞きたいのは、例のマネージャーのSさんとの色恋話だけになっていた。
ひととおりオサムの質問が落ち着いたところで、ようやく僕の番が回ってきたが、色恋話になると、オサムは急におとなしくなり、あんまり先輩のそういうことを聞くのは。。。という感じになって、できた優等生を気取った。
余計なことを聞いてT先輩の機嫌を損ねたりするのは、オサム自身の今後の進退にかかってくるので、どうも、できるだけ避けようとする姿勢がうかがえた。
正直、オサムって、わかりやすいやつだな。と、僕は思ったが、そのしたたかさは、中1にしては、やはり、ただものではない奴だということが伺えた瞬間でもあった。
「T先輩、いつから Sさんとお付き合いしてるんですか ? 」
僕がどうしても聞きたいことはそこであったから、オブラートに包むことなく質問した。
とたんに、オサムは借りてきた猫。
『来週でちょうど3カ月目かな。』
『まだ付き合いはじめたばっかりだよ。』
「どこで知り合ったんですか ?」
『いや、どこでって、マネージャーでうちに来たからね。』
「あ、そっか。」 愚問したと思った。
「先輩から告白したんですか ?」
『え、何だよ。(笑)。 そーだよ。俺から付き合ってくれって言った。』
バツが悪そうにしているが、聞き耳立てるオサム。
「何て言って、告白したんですか?」
『え、恥ずかしくていえねーよ。(笑)』
「いいじゃないですかー。絶対誰にも言わないですから教えてください!」
「お願いします!!」
と、両手を顔の前であわせて、心にもないことを少し茶目っ気に、お願いした。
「絶対」という言葉を使うやつは基本的に信用できない。
と、いうことと、僕がそのタイプの人間であることにはじめて気付いた瞬間でもあった。
しかし、このタイプは、何かとしつこい。
聞き出すまではめったなことでは折れない。
『なんでお前に教えんだよ。なんだよ。ダメダメ。秘密秘密。』
「えー、先輩、ずるいっすよ、そこまで教えてくれてるのに、いいじゃないですかー。減るもんでもないのに~。」
我ながら、本当に厚かましいタイプの人間である。
だいたい、いまのところ、先輩はちっともずるくない。
今なら、ちびまる子ちゃんの、例のナレーションの声が聞こえるシーンだった。
「あの先輩、僕、今、好きな人いるんですけど、どうやって告白しようか、悩んでるんです。」
「だから、教えてください!」
「参考にしたいんで!!」
『え、そうなんや』
『ふーん』
『手紙』
「え、手紙?」と、少し意外な顔をした僕。
『そう、手紙』
『部活終わりに、手紙を手渡して、それとなく、それに気持ち書いてだけど、
とりあえず、○月●日の◆時に部室棟の裏山にあるに展望台に来てって書いて渡した。』
「んで。で、で、どうしたんですか?」と、急にオサムが入ってきた。
うそ。オサム、めっちゃ気になってるやん。と思ったが、あまり気にせず、
「それで、何て言ったんですか? 」と僕。
『俺の彼女にならへんか』って伝えただけだよ。と、T先輩は、爽やかに言い放った。
*******
そこまでの会話にいきつく SさんとT先輩とエピソードがいろいろあったが、まとめると、
『おぅ。わざわざここまで来てくれてありがとうな。』
<中略>
『部活の仕事どー?』
「はい。楽しいです。先輩たちみなさん良くしてくれますし、他のマネージャーとも仲がいいですし、楽しいですよ。」といった核心をつかない会話などを沢山していたようだ。
<中略>
『最初にうちの部活にきてくれた時から思ってたんやけど、俺、すきやねん。たぶん。お前のこと。』
『彼氏おらへんのなら、俺の彼女にならへんか?』
みたいに、言ったらしい。
「たぶん、って何?」という点だけを、やたらに Sさんに 突っ込まれたみたいだったが、どうにか切り抜けたらしいのである。
「そうなんですかー。それで、Sさん、すぐ、OKしたんですか? 」
『そうだよ。私もT先輩のこと好きですって、最後、言われたから、その場であいつのこと、ギュッて抱きしめて、ありがとう、って言って、すぐ付き合うことになったんだ。』
「ヒューヒューすね。先輩。」と、オサム。
「先輩、めっちゃかっこいいし、スポーツ万能だから、絶対フラレたりしないっすよ。」
「僕がSさんでもOKしますよ。」と、なぜかオサムが僕より興奮していた。
というか、なぜか、オサムは前かがみで座りなおしているところを僕は見逃さなかった。
「あの裏山って、展望台とかあるんですか?」と僕。
『そうだよ。あんまり誰にも知られてないけど、すげー、小さい展望台みたいなのがあるんだ。部室棟の裏をずっと進んでいくと、壊れたフェンスの小さい扉があるんだけど、それを出て(学校の敷地をでて)、どこからつながってるかわからないけど、もう一本下から上がってくる道があるから、それをさらに上に進んでいったら、その展望台にいけるんだ。』
『少しいったら、すぐ、行き止まりなんだけど、行き止まりの右側に、景色見れるとこあるんだ。』
『そこから、○○橋と●●海が見えて、すごい眺めがいいんだ。』
確かに、私立高校は小高い丘の上にあったから、そんな場所があっても別に不思議ではなかった。あとでわかったが、展望台と呼んでいる場所は、ほんとに展望台があるわけではなく、木々の途切れた隙間にできた、天然の岩場のようなところであった。
「えー、そうなんですか。知らなかったです! こんど行ってみようかな。」
『俺も行ってみたい!』とオサム。
「じゃー、今度、行ってみようよ。」
となり、T先輩のなれ初めも聞けた僕とオサムは、私立高校の男子寮をでて家路についた。
が、そこは中学生である。
そのまま帰ると思ったが、途中でやはり、「今から行ってみようぜ !」って、ことになり、だいぶ陽が沈みかけた道をその展望台にむかって、今来た道を逆方向に歩いていった。
「ねえねえ、オサムさ、さっき、勃ってたでしょ?」
『え、勃ってないよ』と、急に赤面するオサム。
「絶対、勃ってたって」
『勃ってないってば』
僕は、赤面するオサムをからかいながら、しばらく、このやりとりをオサムと繰り返しながら、ゲラゲラ笑って歩いていった。