高校生バンドの演奏会からしばらくして、僕は、教室の席でチアキのほうを向き、昨日のテレビの話などねたわいもない話をいつものようにしていた。
あの高校生が誰なのか? どんな関係なのか?
すぐにでも聞いてやろうと意気込んで自転車をこいで帰ったが、実際に、聞き出すには勇気がいった。
基本的に思慮のたりないストレートな性格をしている僕にしては珍しい。
あの光景を見てから数週間、僕は何も知らないかのように、そのことには触れず過ごした。
『彼氏』というキーワードを聞くことを避けたかったのかもしれない。
それより、こっそりと見ていたかのように思われ、それが理由で嫌われてしまうことが、おそらく何よりも怖かったのかもしれない。
今考えると、実にピュアな僕。
1カ月が過ぎ、さも借りているのを忘れているかのようにしていたあのメタルテープ。
僕からあのテープを返すことはなぜかできず、毎日のように、家で夜寝る前に聞いていた。
それまで僕は、毎晩、アイドルのシングルを寄せ集めたカセットテープをアホなくらい聞くのが日課で、僕の中の女の子モードの支配が強いときは、軽く女性アイドルの振付をマネしながら聞いていた。
因みに、「女の子モードの支配が強いとき = かなり機嫌が良いとき」である。
そんな僕が、アイドルテープを聞かず、どうして毎日メタルテープを聞いていたのかは、いまだに良くわからない。
よっぽど、あの光景がトラウマだったのか? 未だに謎である。
たぶん、二日酔いの時にやる向かい酒 的な感じだったのかもしれない。
『そういえば聞いた? BUCK-TICK。』
と、ある日、チアキから唐突に聞かれた。
教室の前に向かって正しくイスに腰掛けていた時、僕の背後から、その言葉が突然背中に突き刺さった。
触れたくなかったことに触れられ、少し恐々な気持ちで、後ろを振り向きながら、
「うん。あ、あれ、忘れてた。返すの。」
「BUCK-TICK、カッコいいね。良かったよ。」
と、BUCK-TICKの良さは、まだ人生経験の浅い僕にはよくわからなかったが、
横身になりながら、チアキのほうを向いて言った。
そして、
「そういえば、チアキって、ヤンキー ?」
と聞いた。
本当によくわからないが、僕は、お前はヤンキーなのか ? と、何の脈絡もなく、いきなり聞いてしまった。
別にチアキがヤンキーかどうかは全く関係も興味もなかったが、いきなり出た言葉がそれである。
『何それ? どういう意味?』 少し憮然とするチアキ。
「いや、BUCK-TICK、ヤンキーぽいから。」
って、ほんと、俺、バカ。バカバカ。
何言ってんやろ。。。 意味わからん。
『あれ、ヤンキーとかじゃなくて、ただの、ビジュアルでしょ』
なぜか、チアキが、ケタケタ笑った。
いつものアルカイックスマイルではなく、わりと良く笑った。
そりゃそうだよって僕は心の中で思う。そんなこと僕だってわかってるよ。
でも、なんか、笑ってくれてよかった。
「チアキ、どの人が好きなの?」
『え、櫻井』
『ヴォーカルの。』
おっと、ここは順当にボーカリストなんだ。と僕は思ったが、
さらにだいぶ残念な自分が次にいた。
「全然、俺、櫻井、似てないよー。」「頭、ハゲだし。」
まったく、回答が意味不明。。。な僕。
でも、チアキは、僕の坊主頭をチラっと見て笑った。
『髪型関係なくない ? 』
『いや、髪の毛あったら、似てるのかな ? 』
といった瞬間、チアキは、僕のおでこに、チアキの右手をおいた。
ドキッ !
僕の心拍数が明らかに上がった。
そして、なぜか、汗をかいたような感じがした。
チアキから身体に触れられたことで、僕はその瞬間、
俺、チアキのことが好きなんだ、と確信した。
もしかしたら触られたことで、チアキをより好きになったのかもしれない。
思春期には勘違いとしてよくあることである。
触られたことで、チアキも自分のことを好きなのかもしれない、という、甚だしく自分勝手な勘違いも、おそらくその時の感情に入り混じった。
『やっぱ、髪型、関係ないって。』『全然似てないよ。』
そりゃそーだよ。
最初から、俺、櫻井さん、というか、あの人たちと全然似てないから、と思った。
そんなことよりも、僕の意味不明な回答に、よく笑顔で相手してくれたなっていうことと、僕の中では噛み合わない、ミスマッチな回答どうしが、よくもまた、奇跡的につながったなと思った。
そしてまた、『櫻井』と、チアキが呼び捨てしたことで、僕の中でのチアキに対する宮家感、というか、もはや、公家感とか、高貴な感じもすべて無くなっていったが、チアキがより身近に感じた。
ただ、チアキが『櫻井』と呼び捨てしたことは、僕の中では、少し怖い女である、という感覚も覚えた。
帝国陸軍のような部活に在籍していた僕の中では、先輩 = 歳上 の人はすべて絶対服従の存在でしかなかったからだ。
歳上である『櫻井さん』を『櫻井』と表したチアキは、僕の中では、軍曹のような存在ともなった。
た、逞しい。と。
そして、あのメタルテープは、もう少しの間、借りておくことにした。